ドイツ有力経済紙のポッドキャストHandelsblatt Disrupt」よりキーポイントを日本語化

人工知能 VS 人間の知能

パターンに従うAI、あえて破る人間

  • 「知能」とは問題を効率的に解く能力である。人間もAIも問題を解くことができる。AIは大量のデータからパターン(≈ ある一定の決まり)を認識する。人間はもっと少ない情報からパターンを見出す(※1)。
  • 人間は決まり/パターンを適用するだけではなく、それを破ることもできる。決まり/パターンの正当性を疑うこともできる。その裏にあるものを探ろうともする。AIはそれができない。決まりを否定し破るようなAIは悪い製品で、誰も買わないだろう。しかし、我々人間はそれをやる。我々は(既存のパターン・決まりを)ひっくり返し、破り、そうすることで何か新しいものを創ることができる。

AIは将来、エネルギーを食いつぶす?

  • 現在、軽視されている大きな問題のひとつはAIシステムの大きなエネルギー需要である。市場に出ている最高レベルのAIシステムのエネルギー必要量はそれぞれ、過去数年間で4ヵ月ごとに倍増。この速度でこのままいくと、2030年代の終わり、40年代にはエネルギー供給が不可能な領域に入る。AIを動かすのに必要な大量の発電所を建てきれない。
  • 「知能」が大きな問題をより少ないエネルギー消費量でより効率的に解く方法であるとするならば、AIは現在、その反対をやっている。チャット・ボットを改善するなど、極シンプルな問題を解くために、莫大なエネルギーが消費されている。現在、処理・分析されているデータ量はまだ氷山の一角に過ぎない。例えば、自動運転のための全データが5Gを介してネットワークでつながれば、データ量が飛躍的に増大するが、それをエネルギー的に埋め合わせられる技術は現在ない(※2)。

(※1) 人間は生まれたときからずっと無意識にあらゆる情報を収集・分析しており、莫大な量の「予備知識」を持っている。例えば、人間はベビーカーに乗っている赤ちゃんのときから、知らず知らずに大量の知識を蓄積しているため、自動運転車が必要とする膨大な量のデータがなくても、あらゆる予備知識や‘常識’を使って運転する。

(※2) 単にデータを大量に使って機械学習するのではなく、その分野の専門知識・法則と組み合わせれば、はるかに少ないデータで効率的にAIモデルができると、ボッシュのDenner社長は指摘する。今後、気候保護の観点から、デジタル化(ビックデータ・AI)のエネルギー効率が重要ポイントとなる。現在の再生可能エネルギーだけでは限界に達するため、核融合発電の開発に拍車がかかる可能性もある。

良いアイデアが閃くメカニズム

  • 全ての良いアイデアは何かにしつこく悩まされ、不満であることから始まる。何かある問題に打ち込んでいるとき、脳の前部の領域「制御ネットワーク」が活性化する。没頭するあまり、その問題が意識・感情に入り込んでイライラしてきたら、一歩退き、何か違うことをして、他の神経ネットワーク「基礎状態ネットワーク」を活性化することが正しいステップ。
  • この基礎状態ネットワークは習慣的な活動をしているとき、自動的に行動しているとき、例えば車を運転したり、シャワーを浴びたり、犬と散歩したり、自転車に乗っているときに活性化する。まさにこのとき、脳の後部にある基礎状態ネットワークでその悩ましい問題が再考されるとき、新たに感じた事とその問題がつながったとき、新たなコンテクスト(状況)でその問題を見ることができ、新しいアイデアが生まれる可能性がある。シャワーを浴びているとき、散歩をしているときなど、習慣的な行動をして1人でいるときに脳内に読み込んでおいた問題に(無意識に)思い巡らしていると、良いアイデアが閃くことが多い。
  • 閃きにつながるのは、2つの異なる脳領域の相互作用である。その問題ばかりに集中しているといつか、木ばかりが気になり、森が見えなくなる(詳細ばかり見て、全体を見渡すことができず、本来なら見えることを見逃す)。視野が狭すぎて問題の一面しか見られず、新しいアイデアに盲目の’専門バカ’になる。逆に自転車に乗ったり、犬と散歩ばかりして、基礎状態ネットワークだけにいると、いつかその問題を忘れて焦点を失う。このため、良いアイデアの閃きは常に2つの脳領域の相互作用である。

イノベーティブになれる脳のトリック

  • 創造的な人の脳にはいくつかの特徴があり、特に異なる脳領域をつなぐネットワークがよく発達している。独創的で非凡なソリューションを思いつく人は複数の異なる脳領域をよく活性化しており、よくネットワーク化されている。
  • 脳をもっとよくネットワーク化するためには、エイブラハム・リンカーン(元米大統領)が「私はこの男が好きでない。この男をもっとよく知らなくてはならない」 と言ったようにすべきだ。自らの思考を磨き直すための最高の戦略は、(自分とは異なる)他の意見に耳を傾ける好奇心、自分自身を少し挑発するような心構えだ。
  • 残念ながら現在、我々はこの反対をやっている。(ソーシャルメディア、ネットショップなど)デジタル技術では同じような考えや好みの人、似たような音楽・本・商品ばかりがレコメンド・表示され、我々が心地よく(生ぬるく)感じるように設計されている。本当の創造性、良いアイデアというのは、自らを他の異なる意見にさらしたときに生じる。
  • 例えば、誰かその分野の専門家ではない人に訊くことで、利益を得られなかったプロジェクトはこれまでどの企業でもひとつも経験しなかった。専門家でない人は素朴な質問をし、新たな視点をひらく。それにより専門家は自らの考えをリフレッシュし、正当性・絶対性を疑ってみることを学ぶ。
  • 他の文化や他の人間に自らをさらす好奇心、自分の環境にあえてもたらす多様性、これが人間には必要で、これが人生を豊かにする。そうでなければ、毎日、好きな物ばかり食べているようなものだ。

テレワークは創造性を殺す?

  • (新型コロナのロックダウンによる)在宅ワークでは形式ばらない社会的交流がないため、創造性を殺す。オフィスの通路、カフェテリア、駐車場などでばったりと誰かに会い、ひとしきり雑談するといった、自然発生的なやり取りに欠ける
  • 特に新しいソリューションの開発が重要となるイノベーション・プロジェクトで支障が出る。ZoomやTeamsミーティングの日時を決めてビデオ会議をやっても、ボタンを押すように良いアイデアは出ない
  • 全ての業務をオフィスでやる必要はない。(コロナが収束した)将来も、幾つかの業務を自宅でこなす自由を人々に与えることに大賛成だ。しかし、他の人と協働する、チームで何か開発する、問題を解決するというときには、メンバーを呼び集め、一堂に会して、皆一緒に試行錯誤したらよい。全てをバーチャルでリモートでやって、Teamsミーティングで会って、アイデアを助長することは難しい

脳をリフレッシュする「出入口効果」

  • イノベーティブな企業には必ず、オープンで自然発生的な出会いが可能な空間がある。食事スペース、開放的な社食、カフェテリアなど、人々が偶然に・気軽に・ざっくばらんに出会える場所である。
  • (オフィスの)一室にこもっていてはよく考えられず、良いアイデアのためには(オフィス内の)部屋を換えることが決め手となる。これを「出入口効果」という。部屋を出て、他の部屋に行くと、突然、違う考え方をする。何をしようと思っていたのか忘れたり、良いアイデアが思い浮かんだりする。
  • 良いアイデアには、(自宅の書斎やオフィスの個室などで)邪魔されずに仕事できる段階も必要である。その後、部屋を換えて他の人の所に行き、そこで再びインスピレーションを得る。このミックスが重要だ。

Handelsblatt Disruptとは

ドイツ最大の経済新聞であるHandelsblatt紙の(破壊的)イノベーションに関するポッドキャスト

同紙のSebastian Matthes編集長が毎週、新しいアイデアやテクノロジーについて、デジタル世界のキーマン(起業家、投資家、政治家、イノベーター)と討論。

2021/5/14の回では、脳研究で知られるドイツの神経科学者Dr. Henning Beckがゲスト。

https://www.handelsblatt.com/audio/disrupt-podcast/

ドイツの脳科学者 Dr. Henning Beck

独テュービンゲン大学 細胞・分子神経科学大学院を修了。米カリフォルニア大学バークレー校に留学。シリコンバレーのスタートアップ企業にイノベーティブになれる脳のトリックについて助言

講演、セミナー、ワークショップなどを行っている。シーメンス、ダイムラー、BMW、メルク、エボニック、ロシュなどドイツ語圏の大手メーカーの他、シスコ、オラクル、アドビといった米IT大手も顧客。

2020年10月、ドイツ教育研究省が主催した欧州レベルの会議「beyondwork 2020」にて基調講演した。

脳科学の研究を継続しており、実用書や経済誌のコラムなども執筆。下記のテーマに詳しい。

  • 閃きの生物学 ・・・ どのようにして不可能なことを考えるか
  • 脳 vs. 人工知能 ・・・ どちらが勝利を得るか
  • まだ学んでいるのか、すでに理解したのか ・・・ 知識が脳に入る道
  • 誤りは役に立つ ・・・ なぜ脳の弱みが強みになるのか
  • 会社の脳 ・・・ デジタル世界におけるアナログ思考

https://www.henning-beck.com